こんにちは。
40代独身オタク兼FP(ファイナンシャル・プランナー)のシュンキャンです。
「推しがいる人って、現実が寂しいからでしょ?」
「推活って、暇だからでしょ?」
「ヲタクって、寂しくない?」
そんな言葉を、たまに聞きます。
推し活、ヲタク=孤独の裏返し。
本当にそうなのでしょうか。
今日は少し踏み込んで考えてみます。
推しは“代替”なのか?
よくある見方はこうです。
- 恋人の代わり
- 家族の代わり
- 承認の代わり
つまり、現実の穴を埋める存在だという考え方です。
でも実際はどうでしょう。
私たちは推しに生活を依存しているわけではありません。
推しは人生の「全部」ではない。
推しは、代替ではなく「追加」かもしれません。
孤独とは何か
孤独とは「人がいないこと」ではなく、
「理解されない感覚」のことだと思っています。
既婚でも孤独な人はいます。
友人が多くても孤独な人はいます。
推し活は少なくとも、
「同じ熱量の人が存在する世界」を見せてくれる。
それは孤独の対極に近い体験です。
推し活はコミュニティを生む
- 現場での一体感
- SNSでの共有
- 二次創作や語り合い
推しは点ではなく、線を作ります。
とくに40代になると、仕事以外のコミュニティは意識しないと減っていきます。
推しは、その接点を維持してくれる装置でもあります。
それでも孤独を感じる瞬間
- イベント後の帰り道
- 配信終了後の静けさ
- グッズが増えた部屋
ふとした瞬間に寂しさを感じることはあります。
推しは人生を埋める存在ではなく、
人生を彩る存在。
ここを取り違えると、孤独は強くなります。
結論
推しがいる人は孤独なのか?
孤独かどうかは、推しとは関係ない。
推しは穴を埋める存在ではなく、人生を豊かにする存在です。
孤独を消すのではなく、
孤独の上に楽しみを積み重ねる。
それが大人の推し活だと思っています。
それでは今回はこのへんで。
また次の記事でお会いしましょう!
— シュンキャン

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