こんにちは。
独身オタク兼FP(ファイナンシャル・プランナー)のシュンキャンです。
推しのイベント。
ライブ。
ラジオ出演。
雑誌掲載。
情報が出るたびに、
「全部追わなきゃ」
そんな気持ちになったことはありませんか。
今日はその感覚の正体を考えてみます。
取り残される不安
SNSを開けば、
- イベント現地組
- ライブ全通組
- ラジオをリアタイする人
- 掲載雑誌を全部買っている人
が目に入ります。
すると、知らない自分が置いていかれたように感じる。
でも本来、推し活は競争ではありません。
好き=全部知っていたいという欲求
オタクは、好きなものを深く知りたい生き物です。
- イベントの空気
- ライブのセットリスト
- ラジオでの発言
- 雑誌のインタビュー内容
全部知っていたい。
それは愛情でもあります。
でもそれが、
「追えていない自分はファン失格」
という思考に変わると、しんどくなる。
応援=消費だと思い込む瞬間
- 現地に行かないと応援にならない
- ライブに行けないのは熱量が足りない
- 雑誌を買わないと支えられない
いつの間にか、応援が“量”で測られるようになる。
でも本当にそうでしょうか。
ラジオをあとから聴く人も、
配信で楽しむ人も、
静かに応援している人もいる。
好きの形は一つではありません。
供給過多という現実
今は供給が多い。
イベントも、ライブも、メディア出演も、次々に来る。
全部追おうとすると、時間もお金も体力も足りない。
足りないのに、足りない自分を責めてしまう。
これが消耗の正体です。
「全部追わない」と決める勇気
例えば、
- ライブだけは行く
- ラジオはアーカイブで十分
- 雑誌は本当に読みたい号だけ
自分で線を引く。
それは冷めることではなく、続けるための設計です。
結論
オタクが“全部追おう”とするのは、
好きだから。
理解していたいから。
置いていかれたくないから。
でも、全部追わなくても、好きは減らない。
余白があるほうが、長く続く。
推し活は短距離走ではなく、マラソン。
完走するためのペースを、自分で決める。
それが、大人のオタクの戦略だと思っています。
それでは今回はこのへんで。
また次の記事でお会いしましょう!
— シュンキャン

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